元 日ハムの 広瀬哲朗さん と一緒でした

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昨日は
元 日本ハムファイターズの
レギュラー遊撃手
背番号 1 を背負っていた

広瀬哲朗さん

と一緒でした。

とっても気さくな方

いつもはラフな格好なんですが
昨日はスーツ姿。

一見すると
怖いところの人
のようで 近寄りがたい感じがしますが
さにあらず
とっても気さくで
親しみやすい方なんですよ。

今度 監督になる新庄さんが
日ハムに入った時に
広瀬さんが付けていた
背番号 1 を引き継いだことで
挨拶の来られたんだよ

ああいう 派手な性格だけど
野球に関しては
極めて真摯だから
おもしろくなるんじゃないかな
と期待していました。

広瀬さんとは
最近 親しくお付き合いさせていただいています。

僕も野球をやっていたので
面白い、プロ野球のウラ話的な話をしてくれるので
広瀬さんと一緒に居ると
すごく楽しい時間を過ごせます。

人を楽しませることに長けたお人柄は
誰にでも好かれるんでしょうね。

で 超一流とまではいかないけど
ドラフト1位でプロ野球界に入り
ショートのレギュラーを張って
オールスターにも出場
ベストナインにも選ばれ
珍プレー好プレーにも
ゲストとして出演
という 一流 といっていい
実績を残した 広瀬さん。

一流にはなれなかった選手

失礼な言い方ですみませんが
超一流
一流で終わった選手よりも
一軍半 くらいの選手や
2軍で終わった選手の方が
圧倒的に多いという実情。

そういう選手の戦力外通告後の
受け皿って 用意されていないことが多いみたいです。

なので 野球以外の
自分の強みを見つけだして
第二の人生を始めることが
必要になってくるんですね。

サッカーも同じ

サッカー界も同じ構図みたいです。

元 大物ブラジル選手たちの通訳をやっていた方とも
親しくお付き合いさせていただいているんですが
中田 とか 本田 とか
ああいった超一流選手以外は
やはり引退後は厳しいようです。

何を言いたいか というと

で 何を言いたいかというと

一つのことに打ち込んで
それなりの実績を残してきても
これからは難しいんじゃないですか

ということなんです。

野球選手やサッカー選手って
小さい時から
それしかやってこなかったので
他の世界を知らないわけですね。

僕たちも 同じようなものではないかな。

僕も 店舗販売の商売しか知らなかったわけです。

で お店をやめた後に
もうほんとにね
試行錯誤を繰り返したわけですよ。

他を知らなかったので。

努力や根性ではなく

そんな中

人それぞれだなぁ

と思い始めたんです。

あの人がこれで成功したから
俺も真似してやってみよう

と努力と根性で続けてみても
うまく行かないことが多い

ということに気付かされたんです。

でも いまだに 努力と根性が蔓延っています。

う~~ん それって どうなん?

追伸

広瀬さんの写真は
どんどん載せていいよ
と言ってくれているので
許可をいただいて載せています。

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